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あなたは「昭和の化石リーダー」になっていませんか? 後輩文化と脱昭和
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あなたは「昭和の化石リーダー」になっていませんか? 後輩文化と脱昭和

[更新: 2019年04月08日 / カテゴリ: リーダーシップ・コーチング]

二つ前の元号は大昔

新しい元号も発表され、日本も新しい時代に移ろうとしています。思い返せば、「平成」が発表されたときにはインターネットすら身近な存在ではなく、スマートフォンすらありませんでした。ここ30年の間に社会環境は日々大きな変化を遂げ、絶え間なく変化する「VUCA【Volatility(不安定)Uncertainty(不確実)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)】」の度合いはますます激しくなっています。

このブログを読まれていらっしゃる方の中には、私も含め「昭和」の時代に生まれた方もいらっしゃることでしょう。思い起こせば、昭和生まれにとって、二つ前の元号は明治であり、一つ前の元号は対象だったわけです。「昭和」生まれにとっては一つ前の元号である「大正」の出来事はもう前世代の出来事であり、さらに二つ前の元号である「明治」の出来事は相当昔のことだという認識を持っていたのではないでしょうか。

つまり、「令和」の時代にあっては、すでに「昭和」は二つ前の元号だという事実をまず認識する必要があるのです。より端的に表現するならば、令和の時代から見ると、「昭和」の話は相当昔のことになっているのです。

しかし、停滞の30年と言われた平成を終えようとしている今なお、働き方や、人々の持つ価値観も多様化し、昔の常識は今の非常識になりつつあるなかで、いまだに昭和を懐かしがり、その頃をもてはやすリーダーが多い事に、驚きを隠せないどころか、危機感すら覚えます。

あなたは「脱昭和」できていますか?

文化人類学者であるマーガレット・ミードが「地球時代の文化論―文化とコミットメント」という著書の中で、「後輩社会」というコンセプトを主張しています。その対に存在する「先輩社会」とは、先人を見習いさえすれば問題が発生しない社会を言い、「同輩社会」とは同輩を参照基準とすれば秩序がうまく守られた社会を指します。一方で、「後輩社会」とは、後輩の意見を聞かなければ社会がどのように動いているのかを理解し得なくなる社会と彼女は定義しています。

思えば、「平成」の時代は「先輩・同輩社会」がゆっくりと地殻変動のように崩壊し、そして「令和」の時代は明らかに「後輩社会」が主流になっていくのではないでしょうか。

VUCA は変化の質であり、その速度については言及していません。VUCAがさらに指数関数的に加速するのが「令和」の時代だということは間違いないでしょう。そして、人間の感覚は指数関数的に変化するものには鈍感だという研究があります。つまり、自分を取り巻く環境が指数関数的にへんかしているにもかかわらず、自分には関係ない、今まで大丈夫だ、昔のままで何とかなると思ってしまうのは、人間の生理学的な反応だと言われています。

従来の縦型OJT、縦型の経験伝承はもはや通用しないのです。しかし、以前このブログにも書いたようにいまだに「俺の背中を見ろ」といった手法で人を育てようとする人達が余りに多いことに驚きを隠せません。

新しいテクノロジーとその新しい使い方は、若い世代が生み出す。元々の使われ方の想定を大きく超える形での近い道を発見するのは常に彼らです。素直に脱帽しましょう。ここで無理に若者の向こうを張って頑張ったりすると、惨めな大人になってしまいます(苦笑)しかし、その一方で、新しいテクノロジーとその使い方が社会に対してどのような本質的な影響を与えるかを見極められることは、若者以外にもできるのです。

リーダーとして

あなたは若者から学べていますか?
若者を踏み台にして、自分を成長させようという貪欲さを持ち合わせていますか?
知らないことを教わることと、学ぼう・自分を高めようという意識がないことのどちらが恥ずかしいことでしょうか?

リカレントという言葉が徐々に市民権を得てきていますが、私はきれい事だけではなく、リーダーはこう言った貪欲さを身に付け、現在の中に包含される過去と未来を見ることができるのが優れたリーダーだと考えます。

昔は良かったと嘆いている閑があるのなら、今までの叡智と知見を生かし、過去を踏まえ、現在に働きかけ、未来を創造するという心構えを持ち、自分の見識を実践に移す方がよほど精神衛生上も良いと思いませんか?


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